The Unbroken Heart part1

 


皆様からの協力を得て、MEANINGのライブ会場限定で売らせて頂いたチャリティーTシャツの売り上げを元に岩手県は陸前高田市に行って参りました。




非常に長いですが、読み終わって何かを感じたなら是非皆様の声を聴かせて下さい。
些細な事でもいいのでコメント欄に書き込んでもらえたらにうれしいです。


2回か3回に分けて書くつもりなので今回はとりあえず出発から初日までの流れを読んで、何か感じてもらえたらうれしいです。


「紹介」

今回の旅に同行してくれたのはTHINK AGAINのドラムのチンです。

 





俺が書いてたブログを読んで直接連絡してくれました。
彼は彼で何かできないか考えてたようなので、タイミングも相まって一緒に行く事になったわけです。

ちなみにチンはライブ会場ではなく、個人的な知り合い(携帯のアドレスに入ってる人達全員)に物資を募るメールをしてくれたそうです。
その甲斐あって、彼の家は段ボールの山となっていました。
でも俺らじゃ思いつかないような役立つものもたくさんあって本当に一人一人の力が大きな力となりました。

 



■1日目(6月20日)
 物資を積むべく大きめの車をレンタカーしてから、事前に買い足りなかったものを買い出しに行きました。
今回は特に「無くてもいいけどあるとうれしい物」をなるべく買おうと思ったので子供達のお菓子やおもちゃをたくさん買いにいきました。
お菓子は既にネットで問屋から大量に買ってあったけどおもちゃはやっぱり直接自分の目で確かめたいので買いに向かいました。

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一応ハヤシさんの貯金箱も買っときました


トミカや女の子向けのものや、ボールなどを大量に購入し車に詰め込み、物資と共に過ごす男、チンを迎えに行きました。


彼の家には大量の物資が届いていました。
本当に驚くぐらいの量でした。想像を軽く越える量だったっす。
なんかこの時点ですでに軽く感動してました。
その大量の物資と気持ちを車に積み込み、 次なる場所に向かいました。


今度はnumber twoのメンバー(イチゲとjr)がお米と集めてくれたお金を俺らに託してくれました。
そして気が利く事にブラックコーヒーまで★
こういう気持ちがすごいうれしいんだよなぁ。なんか体力的に疲れてるのに力がみなぎる感じでした。

 

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ほんで、その足で今度はチンの元職場でトイレットペーパーとサランラップを大量に頂きました。

 

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どっちも現地でヒジョーーーーーーーに喜ばれました。
やはり消耗品は強しですね!

 

しかもノンアルコールビールと二人分のお弁当まで作ってくれていました!!!!
ありがとうございます!!!!


ほんでほんで、更にその足でディスカウントストアで残ったお金を使うべく買い出しに向かいました。
お水、お米、電池、風邪薬、冷えピタ、レトルト食品、ボディシート…とにかく色んな物を大量に買いました。

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全部で16万ぐらい使ったんじゃないかなw
見た事ないぐらいなが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いレシートが出てきてました! 

 

DSC00708.JPGのサムネール画像


車に積むのに協力してくれたお店の方達も本当にありがとうございました。


ちなみにこの時点でハヤは朝の7時半起きが効いてて、都内すら出てないのにグロッキーでした。

 

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その状態で助手席にはチン…。
誤解のないように言いますが彼は非常にエネルギッシュでうるさい人間なんです…。

 

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結果…彼は一睡もせずに仙台あたりまでひたすら助手席で騒いでいました。
眠くならずに助かったと言えば助かったけど、笑いすぎたり騒ぎすぎて非常に体力を削られました…。 

■2日目(6月21日) 

なんだかんだで9時間ぐらいの運転で岩手にたどり着き、そこから山を越える事1時間半ぐらいで陸前高田市に到着しました。

そもそも今回陸前高田市に行こうと決めたのは、俺の元同僚のフジナミという子が陸前高田の出身という事が大きな要因でした。
現状を聞いてみて行こうと決めました。
 

現地についてから一番被害がひどかったと言われている現場(陸前高田市街地)に到着しました。

そこで車を停めてしばらく辺りを歩きました。
テレビや新聞で見るものとは全く違いました。
いくら写真で撮っても動画を撮ってもそこでのリアルさの10分の1も伝わらない事がもどかしかった。
でもとりあえずたくさん撮ってみました

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ここは元々家があって、おそらく玄関先だと思われる


 

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元々の海の場所は俺のうしろの方に見える白い建物がある辺りだったそうです

 

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ここが全部市街地だったなんて信じられますか?

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ってか、やっぱ写真じゃ伝わんねーなぁ。


 

 

 

フジナミは前日に陸前高田入りをして俺らを待っててくれました。

俺らが今回陸前高田市にいる間もずっと彼女のおばあちゃんの家にお世話になっていました。

 

 


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突然来た謎の二人組を快く迎えてくれたやさしいおばあちゃんでした。

おばあちゃんからは地震の時の話を聞かせてもらえました。
買い物中に地震が起きて、当初避難していた体育館で知人に会い、そこから気がついたら高台に足を運んでいたそうです。

知ってる人も多いと思いますが避難所となったこの体育館まで津波が到達して多くの方が亡くなってしまいました。

そんな話をたくさん聞かせていただき、まずは泊まらせてもらう近所の人たちに物資をわたせたらと思い、フジナミの力を借りて近所の方々を集めてもらいました。
みんな快く受け取ってくれたり、子供達はお菓子やおもちゃをうれしそうに持っていってくれた。


今回は「あるとうれしい物」 ってチョイスをメインで考えたんだけど、やっぱりそれが当たりだったみたいです。
もちろん消耗品なども喜ばれたけど。

 

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ある程度周りで物資を配ってからは今度は仮設住宅住まいの人達を訪れる事にしました。


っていうのも俺らで色々と話し合って、やっぱり直接持ってきたんだから直接手渡しできるようにしたいっていう話になったので、避難所や自治体に預ける形になるとそこで終わってしまうので、色々と地元の人に話をフジナミに聞いてもらった上で避難所である大船渡中学校に併設してある仮設住宅に向かう事にしました。


仮設住宅に住むっていう事はつまり自立をするって事なんです。
だから仮説に住んだら援助も物資も何もなくなってしまうんです。
そうじゃないと自立を促す事にならないって話だそうです。
でも仮説だとお金はかかるし、それはそれで大変みたいです。 


 着いたのが夕方前ぐらいだったので仮説住宅の代表っぽい人に話を通して、とりあえずはランダムに声を掛けてみました。
最初はおばあちゃんの家でした。そしたらそのおばあちゃんが周りの友達にも教えてくるって言ってくれたのでその間に物資を配る準備をしていたらものの数分で人がみるみる集まって来てくれました。


 

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DSC00776.JPGA.O.W、タケダからのラジカセも喜んでました。

 

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必死のチン君。(次から次に集まってくる人をみて、ゾンビゲームみたいだぜ!なんて不謹慎な事を言ってましたが一生懸命でしたw)

 

 

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結果、3、4時間ぐらい掛けて物資を配り狂いました。

いつも物資をもらっても配る側ばっかりだったからうれしかったと言ってくれたそこの仮説のリーダーっぽいおばさんに言ってもらえたのが本当にうれしかったってチンは言ってました。
でもこの時点で既にリベンジしたくてしょうがなかったのも事実です。


事前情報だとマスクや電池が欲しいとか色々と聞いてたけど、
現地ではそうじゃなかったみたいです。もちろんそうである場所もたくさんあると思うけど、俺らが行った場所ではそうじゃなかった。

きっと東京にいても入ってくるぐらいの情報だから色んな所から同じようなものが届いてるんじゃないかなって俺らは予測しました。

 

 

 

 

だから次に行く時は少し考えてから作戦を練り直していきたいって事を1日目から話をしていました。 

 

 

 

 

 

結局現地に言って、現地の人の声を聞くのが一番確かなんだなって再確認できた。


直接配る事は俺らのエゴだったのかもしれないけど目の前に喜んでる人がいた事実を経て何も間違いじゃないと思ったし、また必ず同じ場所に戻ろうって決めた。
そんな初日でした。


続きはまた近いうちに書きます。
 


 

 

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